五街道

五街道とは

江戸時代の最主要街道。

「東海道」「中山道」「日光街道」「奥州街道」「甲州街道」の五つで、江戸幕府の統治の要として江戸時代の最初期に整備されました。

他の街道に比べ特別に重視され、最初は幕府が直轄。道中奉行が設置されてからはその管理下に置かれ、道筋や宿場位置の変更、人馬賃銭等の決めごとや大きな工事などはすべて幕府が管理しました。

 歩きやすく達成感の得られる、入門編にもおすすめの街道です

数ある諸街道の中でも、複数県にまたがり距離が長いのが特徴です。近代に入っても主要幹線道路として利用されているので、ほとんどの区間が整備され、交通や宿泊にも極度に困難な場所は多くはありません。また、名前が知られていて歩く人も多いため、資料や地図も出版されています。

ご自宅からアクセスしやすい場所を通っていれば、最初に始めるには、この五街道が安心と言えるでしょう。

なお、日光街道と奥州街道は、日本橋から宇都宮まで重複しています。宇都宮で分かれたのち、日光街道は日光へ、奥州街道は東北へと向かいます。幕府の管理していた「五街道」のうちの奥州街道は、福島県の白河までです。

中山道と甲州街道は、起点の日本橋から南北に分かれますが、下諏訪で合流します。

東海道と中山道も同じく日本橋で分かれ、京都に近い草津で合流します。

五街道

東海道 【五街道】

【日本橋~京都】五街道のひとつで江戸日本橋から京三条大橋に至る約500キロの街道。品川から大津まで53の宿駅があります。江戸幕府開府直後の1601年、原則として中世以来の街道を利用して道筋が定められ、1624年までに53の宿場が成立し、日本の大動脈として発展しました。

中山道 【五街道】

【日本橋~京都 約534km】五街道のひとつで、江戸日本橋から京三条大橋に至る約534キロの街道。日本橋から京都三条大橋まで69の宿駅があります。古い宿場町が残っているところが多く、奈良井宿や妻籠宿は重要伝統的建造物保存地区の指定を受けています。

日光街道 【五街道】

【日本橋~日光 約140km】 正式には「日光道中」。徳川家康の廟所として日光東照宮が建設されたことから、日光参詣の道として賑わいました。日本橋から宇都宮までの17宿は、奥州街道の宿駅を兼ねています。宇都宮から日光までの杉並木が有名。

甲州街道【五街道】

【日本橋~下諏訪 約220km】五街道のひとつで現在の国道20号線に相当。日本橋から八王子・甲府を経て下諏訪で中山道に合流します。内藤新宿から下諏訪まで45の宿駅があり、参勤交代に使う大名は信州の三藩のみでしたが、お茶壺道中や甲府勤番、富士講、身延参詣に使われました。

奥州街道 【五街道】

【日本橋~白河】 五街道のひとつで、宇都宮で日光街道と分かれ北に向かう街道。道中奉行の管轄した「五街道」の奥州街道は、宇都宮宿から分岐して白河までの十宿ですが、道筋はさらに北、青森県の三厩まで続いており、こちらも「奥州街道」と呼ばれます。また、日光街道と重なる区間も奥州街道と呼ぶことがあります。