街道歩きの用語集

基本の基本の「街道歩き」用語

これだけは押さえておきたい! 街道歩きを楽しむための、基本の基本。
街道歩きの旅を始める上で、はじめに把握しておきましょう♪

街道

かいどう

そもそも「街道」とは、一般に主要道路のこと。
「街道歩き」では、江戸時代に整備された「東海道」や「中山道」など現在の幹線道路のベースになっている道路が取り上げられることが多いですが、古くは律令時代から、鎌倉時代に鎌倉と各地を結んだ「鎌倉街道」、また、近代以降に道の通称として「○○街道」とつけたもの、さらには観光や地域振興を目的として名付けたものなど、広い意味での「街道」は数限りありません。
五街道

ごかいどう

江戸時代の主要街道。「東海道」「中山道」「日光道中」「奥州道中」「甲州道中」の五つで、江戸幕府の
統治の要として江戸時代の最初期に整備されました。
他の街道に比べ特別に重視され、幕府が直轄、道中奉行が設置されてからはその管理下に置かれ、道筋や宿場位置の変更、人馬賃銭等の決めごとや大きな工事などはすべて幕府が管理しました。
脇街道

わきかいどう

道中奉行が支配する「五街道」及びその付属街道以外の、勘定奉行が支配する街道。主に五街道とその付属街道から延長するものや、分岐するものです。

伊勢路、中国路、佐渡路など、五街道に次いで交通量の多い重要な道もありますが、それ以外では宿場も小規模で不十分な街道もあり、幕府の関与も五街道に比べて小さく間接的なものでした。
脇往還、脇道とも呼ばれています。

国道

こくどう

明治期以降の道路区分のひとつ。現在は、全国に459路線の国道があります。
近世以前の主要道路に相当するものが多く、東海道なら国道1号、中山道なら国道17号、18号他など、街道歩きの多くは国道に沿った旅となります。
ただし現在の国道は車両の通行に合わせて拡幅や付け替えがされているため、旧街道は国道(県道他)を歩いたり離れたりします。
宿場

しゅくば

近世の街道でいう「宿場」とは、もともとは伝馬制の馬の継立のため街道上に一定区間ごとに設けられた駅(中継所)ですが、宿泊施設やその他の商業施設の機能が発達し、地域経済の中心である町へと成長していきました。(現在もその場所が商業地になっているケースが多くあります。)

一般に、宿場の両端に見付(木戸)、問屋場、本陣、脇本陣、旅籠、茶屋、高札場などの施設があります。
宿には「飯盛女」と呼ばれる遊女が置かれ、歓楽街として繁栄した宿場もありました。

関所

せきしょ

街道上に設けられた役所。古代は軍事目的、中世は交通料徴収のための機関でしたが、江戸時代は大名の統制と江戸の防衛のために主に「入鉄砲に出女」を取り締まる施設とされるなど、時代によって目的も設置場所も変化しました。

18世紀前期の段階で、関所は全国に53。東海道の「箱根」「今切」、中山道の「碓氷(横川)」「福島」のが四大関所とされています。

とうげ

街道が山を越える箇所。山頂と違い、坂道が最高になる場所を指します。

移動のための交通路である街道は、なるべく起伏の少ない道筋を選んで山を迂回したりしながら進みますが、技術上、あるいは防衛上の理由で山を避けずに峠を越える箇所も多々ありました。
東海道の「箱根峠」、中山道の「碓氷峠」「和田峠」などが有名です。

渡し
わたし
街道が、水上を“橋”以外の方法で通過する箇所。大部分は川を渡るものですが、東海道の「七里の渡し」のように海を渡るものや佐屋路のように川を上り下りするものもあります。

雨で川の水位が上がったりすると、「川留(かわどめ)」となって渡れない日が続くこともあり、渡しが多い東海道などは旅程を立てるのが大変だったようです。

 

街道歩きのポイント

街道を歩いていると出会う、最低限おさえておきたいポイント。探しながら歩けば、街道歩きの旅の楽しみが増すこと請け合いです。
※ ここにあげる項目と解説は、特に注釈のない限り、江戸時代のものです。

間の宿・立場

あいのしゅく・たてば

「立場」は宿場と宿場の間に、旅人や人足が馬をとめて休憩できるように茶屋などが設けられた場所。
これが大きくなり集落を形成しているものを「間の宿」と呼びます。
一里塚

いちりづか

街道を旅する人々のために、一里(約4㎞)ごとに設けられた目印。現在のキロポストのような存在。
道の左右両側に土を盛り、松や榎などの木を植えて遠くからも見えるようになっていました。
現存する一里塚は少ないものの、現在も、地名などに「一里塚」「一里山」などの名前が残っていることがあります。
追分

おいわけ

街道が左右に分かれる分岐点。大きな街道から、別の場所に向かう他の街道が分岐するポイントで、中山道の「追分宿」のようにそのまま地名となっている場所もあります。
木戸

きど

宿場の両端、出入り口に、主に警備の目的で造られた門。木戸は夜には閉じられ、明け方に開かれていました。
江戸の出入り口に設けられた木戸は、特に「大木戸」と呼ばれています。
高札場

こうさつば

江戸幕府からの知らせ等を掲示する「高札」が設置された場所で、街道上の宿場や追分、辻、橋詰、関所など、特に人通りの多い場所が選ばれました。

札の辻」などの地名としても残されています。

石造物

せきぞうぶつ

街道には、さまざまな石造物が存在します。道標や常夜灯はもちろん旅と道の安全を守るためのものですが、道祖神や庚申塔、お地蔵さまなど、そこが古くから往来のある道であったことの証明でもあります。
茶屋

ちゃや

街道筋で、昼食やお茶、菓子などを提供する店。宿端や、間の宿・立場などにあることが一般的でした。提供する菓子などから街道名物も多く生まれました。
問屋場

といやば

宿場の中心的施設で、各宿場に備え付けられた人馬の継立を行う場所。宿場の役人の長として、宿によって1~数か所で、交替で事務をとっていました。
並木

なみき

街道に設けられた交通施設のひとつ。主に道筋を示すとともに、夏の日差しや冬の風雪から旅人を守るため、幕府は街道沿いに松や杉などの並木を植栽させました。

現在も残っている、東海道の松並木(舞阪・御油など)、日光街道の杉並木(宇都宮~日光)などが有名です。

旅籠屋

はたごや

主に武士や一般庶民が宿泊した、食事つきの旅宿。江戸時代の旅ではごく一般的な宿ですが、飯盛女と呼ばれる遊女が置かれ、遊興的な要素を持つ宿も多かったようです。
本陣・脇本陣

ほんじん・わきほんじん

参勤交代の大名や、貴族などが泊まる、大旅館。宿場ごとに1~数件の本陣と、その補助をする脇本陣があり、名主や問屋役などの宿場町の有力者が運営しました。
枡型・鍵の手

ますがた・かぎのて

宿場の出入り口付近で、道が直角に曲がっている部分。もとは敵の侵入を防ぐための防衛手段でしたが、大名行列のすれ違いを避けるなどの目的に使われました。